2023-01-01から1年間の記事一覧

訪れ

訪れの 夢の小路を踏み行けば 人皆知らぬ黄昏の 棚引く影に暮れる街 声が行き交う露店屋で 小さな鳥がこう唄う 「お山を越えたらおっ母さん」 「お山越えたらお父っさん」 店屋の親父の滑々の その額に見惚れては 此の耳朶を抓る俺 あれは嘗て 水溜で砕けた…

流離

流されて 辿るがままに暮れる日の 雨に輪郭が緩む街 俯く人の傘は揺れ 平静の訪れ 濡れた足下に伏せた眼に 私を過る冷えた熱 戻らないもの程鮮やかなのは何故? 葉を撫でる風は地を目掛け 出口無き螺旋を描く 重ねた夢を捩り合い 燃え尽きた季節 壊れた約束…

GRAPEVINE『雀の子』について

GRAPEVINE『雀の子』について。 この曲は、GRAPEVINEの愛の歌である。 田中和将は、愛を語る人ではなく、愛を生きようとする人だ。 愛の歌を作る彼の手つきは、普段料理を作らない父親が我が子を想って夜食を即席で作るような、ぶっきらぼうな優しさが滲む。…

揺曳

呼びかけて 折りたたんだその指が 夏の膚 遡るたび蘇る 夢の漣に震えてる 行きしなに 置き去りにした名が遠く 青い瞳の引力で 時を俄かに塗り潰す 去り際の 後ろ姿の静けさは 眼差しに棲む棘だった 風に 追憶は揺れ 影を追う記憶 眠れぬ夜の始まりの その饒…

GRAPEVINE『Ub(You bet on it)』について

GRAPEVINE『Ub(You bet on it)』について。 この曲は2019年発表の『Gifted』の止揚的消化の結実である。 『Gifted』に託された「若い私」<以下、便宜的に"彼"と称す>が、終に己の出番を認識する。その一局を描いた曲だ。 『Gifted』で彼は世界を眺める視座…

宇多田ヒカル『PINK BLOOD』について

宇多田ヒカル『PINK BLOOD』について。 『PINK BLOOD』は、一人の人間が独立不羈に歩む姿を活写した曲だ。 人が自分の価値、自分の意味を捉えるには、自分自身を見つめるより他に方法がない。 そして、自分自身の価値は、いつも己の愛するもののなかにだけ存…

欠け

心のパズル満たすのに 埋める欠片はここには無くて 瞼を閉じてみて描きみて し、あ、わ、せ、という言葉の重み 過去と未来の秤に掛ける 手放すことと選ぶこと 過去と未来に怖じ気付き 唯真ん中で拱く手 ひとつ幸せを築くには 何にせよ 手が動かねば 渇いた心…

眼差し

あなたが私の傍らで 睦まじく笑む温みより いつか失う悲しみが 此の心に影を射す繊細なものほど心して 見つめるべき筈なのに 傷つくあなたの眩しさに 視線が思わず眼を逸らす現という幻と 正面切ってぶつかって 打ちのめされてひび割れた 身を繕って得たもの…

少女

夢で視た 若草色の草原で 祈りを捧げるその少女 空はどこまでも続いてて 遮るものは何もない すずしい風に揺れるブラウス とおい昔に読んだ なつかしい物語では 花を摘んでいたっけか 幼いわたしは確か その横顔が好きだった あのときなにか言いかけて その…

先触

遠雷が 雨と風とを連れて来る 眠る横顔を伝う涙 私の知らない夜の静寂 夢の汀で搔き消された声 一斉に雨が降り出した

花影

桜散る川沿いの街灯下 強いて遠ざけて 不意に手繰り寄せてた面影が 私の夢を揺らすから 蘇らない唇の 乾いた熱に宿された 果てない夜を思い出す 今 その歩幅に気付いても 立ち止まるには遅過ぎて 散る花びらに目が眩む 思うより その瞼は冷たく その首すじは…

藪内亮輔『海蛇と珊瑚』について

藪内亮輔氏の歌集『海蛇と珊瑚』は、私の青春を一挙に終止させた作品だった。 彼の歌は、進むべき方位を失くした夢を私から拉し去った。 “虹、といふきれいな言葉告ぐることもうないだらう もう一度言ふ”――『海蛇と珊瑚』藪内亮輔 私が『海蛇と珊瑚』で最も…

椎名林檎『眩暈』について

椎名林檎『眩暈』について。 『眩暈』は、聴き手の解釈を一切拒絶している曲だ。 沈黙を貫いたまま、ただ此方を見ている。 歌詞は、俄かに問い掛けの形で始まる。 “あたしがこんなメロディを口ずさむのはさてどうしてでしょう? ねぇ、じっくり考えてみて” “…