耀光

打ち寄せて 汀を浚う白波の 乾く砂面に消える泡沫 波間を走る耀きは 思い出せない在りし日の影 風が凪ぎ 鴎が空を通り過ぐ 潮騒だけが響く辺に 目蓋を閉じる私の眼 消せぬ光が記憶なら 帰らぬ声は誰のもの その輪郭をなぞっても その輪郭は閉じたまま 遠く耳…

GRAPEVINE『停電の夜』について

GRAPEVINE『停電の夜』について。 人が住まう街には、光が溢れている。 報道が流れるスクリーン。煌々と文字を告げる看板。ディスプレイを過る無数の生活。 それらは光であるのに、私達の眼には、闇を切り裂く一条の力として感じられる事は無い。 それは私達…

訪れ

訪れの 夢の小路を踏み行けば 人皆知らぬ黄昏の 棚引く影に暮れる街 声が行き交う露店屋で 小さな鳥がこう唄う 「お山を越えたらおっ母さん」 「お山越えたらお父っさん」 店屋の親父の滑々の その額に見惚れては 此の耳朶を抓る俺 あれは嘗て 水溜で砕けた…

流離

流されて 辿るがままに暮れる日の 雨に輪郭が緩む街 俯く人の傘は揺れ 平静の訪れ 濡れた足下に伏せた眼に 私を過る冷えた熱 戻らないもの程鮮やかなのは何故? 葉を撫でる風は地を目掛け 出口無き螺旋を描く 重ねた夢を捩り合い 燃え尽きた季節 壊れた約束…

GRAPEVINE『雀の子』について

GRAPEVINE『雀の子』について。 この曲は、GRAPEVINEの愛の歌である。 田中和将は、愛を語る人ではなく、愛を生きようとする人だ。 愛の歌を作る彼の手つきは、普段料理を作らない父親が我が子を想って夜食を即席で作るような、ぶっきらぼうな優しさが滲む。…

揺曳

呼びかけて 折りたたんだその指が 夏の膚 遡るたび蘇る 夢の漣に震えてる 行きしなに 置き去りにした名が遠く 青い瞳の引力で 時を俄かに塗り潰す 去り際の 後ろ姿の静けさは 眼差しに棲む棘だった 風に 追憶は揺れ 影を追う記憶 眠れぬ夜の始まりの その饒…

GRAPEVINE『Ub(You bet on it)』について

GRAPEVINE『Ub(You bet on it)』について。 この曲は2019年発表の『Gifted』の止揚的消化の結実である。 『Gifted』に託された「若い私」<以下、便宜的に"彼"と称す>が、終に己の出番を認識する。その一局を描いた曲だ。 『Gifted』で彼は世界を眺める視座…

宇多田ヒカル『PINK BLOOD』について

宇多田ヒカル『PINK BLOOD』について。 『PINK BLOOD』は、一人の人間が独立不羈に歩む姿を活写した曲だ。 人が自分の価値、自分の意味を捉えるには、自分自身を見つめるより他に方法がない。 そして、自分自身の価値は、いつも己の愛するもののなかにだけ存…

欠け

心のパズル満たすのに 埋める欠片はここには無くて 瞼を閉じてみて描きみて し、あ、わ、せ、という言葉の重み 過去と未来の秤に掛ける 手放すことと選ぶこと 過去と未来に怖じ気付き 唯真ん中で拱く手 ひとつ幸せを築くには 何にせよ 手が動かねば 渇いた心…

眼差し

あなたが私の傍らで 睦まじく笑む温みより いつか失う悲しみが 此の心に影を射す繊細なものほど心して 見つめるべき筈なのに 傷つくあなたの眩しさに 視線が思わず眼を逸らす現という幻と 正面切ってぶつかって 打ちのめされてひび割れた 身を繕って得たもの…

少女

夢で視た 若草色の草原で 祈りを捧げるその少女 空はどこまでも続いてて 遮るものは何もない すずしい風に揺れるブラウス とおい昔に読んだ なつかしい物語では 花を摘んでいたっけか 幼いわたしは確か その横顔が好きだった あのときなにか言いかけて その…

先触

遠雷が 雨と風とを連れて来る 眠る横顔を伝う涙 私の知らない夜の静寂 夢の汀で搔き消された声 一斉に雨が降り出した

花影

桜散る川沿いの街灯下 強いて遠ざけて 不意に手繰り寄せてた面影が 私の夢を揺らすから 蘇らない唇の 乾いた熱に宿された 果てない夜を思い出す 今 その歩幅に気付いても 立ち止まるには遅過ぎて 散る花びらに目が眩む 思うより その瞼は冷たく その首すじは…

藪内亮輔『海蛇と珊瑚』について

藪内亮輔氏の歌集『海蛇と珊瑚』は、私の青春を一挙に終止させた作品だった。 彼の歌は、進むべき方位を失くした夢を私から拉し去った。 “虹、といふきれいな言葉告ぐることもうないだらう もう一度言ふ”――『海蛇と珊瑚』藪内亮輔 私が『海蛇と珊瑚』で最も…

椎名林檎『眩暈』について

椎名林檎『眩暈』について。 『眩暈』は、聴き手の解釈を一切拒絶している曲だ。 沈黙を貫いたまま、ただ此方を見ている。 歌詞は、俄かに問い掛けの形で始まる。 “あたしがこんなメロディを口ずさむのはさてどうしてでしょう? ねぇ、じっくり考えてみて” “…

GRAPEVINE『ぬばたま』について

昨年発売されたGRAPEVINEのアルバム『新しい果実』のなかに、『ぬばたま』という曲がある。 “愛がすべてなんて言われてはかなわない”という歌い出しから、田中和将の舌鋒鋭い一曲だ。 “正義面の裏の裏 丸見えだって”と続く歌詞も、彼ならではのフレーズであ…

GRAPEVINE『指先』について

GRAPEVINEの名曲、『指先』。 喪失という事実を眼前に据えられた人間の、前向きな転換でも後ろ向きな拒絶でもない新たな出発の歌。 心の空白を別の存在を代置することで埋めず、空白に背を向けて他の対象を眺めることで忘却しない生き方、空白を身に感じて明…

阿部芙蓉美の音楽について

阿部芙蓉美の音楽について。 阿部芙蓉美の音楽は、孤独をいつくしむ眼差しで溢れている。 本質的な相手の孤独を尊重して、自分の孤独を交えて互いを繋ぎ合おうとすることを諦めない強い意志も、彼女の音楽をすっくと貫いている。 では、彼女の音楽の魅力とは…

GRAPEVINE『アナザーワールド』について

ふと、GRAPEVINEの『アナザーワールド』を聴きたくなる時がある。 明日に進まなければならないのに、過去に呼び止められた雑踏で。 言葉にならない悲しみが、記憶に爪を立てる夜に。 人間と共に生きていくということは、誰にも言わぬと決心した瞬間を積み重…

GRAPEVINE『Gifted』について

GRAPEVINEの新曲、『Gifted』がリリースされた。 およそ二年ぶりの新曲、ほんとうに嬉しい。 直近のアルバム『ALL THE LIGHT』はとても清々しいサウンド、人生をこなしていく日常への、"愛ある眼差し"(バイン必須のワード、光、とも取れるか)を感じる作品…

怯懦の笑み

道の途上で会うという 判者を私は探してたけれど道は似たような顔ばかりで 彼等は怯えたように笑った不安定な勝敗を 横目で確認し合い 何時の間にかルールが決まってただけど勝者の笑みは道化のようで 敗者の涙が本当のようで私には見えなかった疑いは背き …

永訣

あなたと見てきた風景が 神様の吐息で空に散って 海風が街まで届く頃私は天使に呟いてみる世界から去った夜 初めて見る夢は 懐かしいさみしさで染めて私と選んだあの日々が 記憶の指に展かれて あなたが夢を纏う頃私は天使に頼んでみる世界に残された朝 泣き…

ヨルシカ『春泥棒』について

ヨルシカの新曲『春泥棒』がリリースされた。 “命を桜に喩えます。”という彼らの言葉は今の今だからこそ一層心を動かすのだと思う。 『春泥棒』という曲が揺さぶる思いを、自分なりの言葉で掬い上げてみたい。 冬が終わって命がうごめきだす春。そんな春を代…

GRAPEVINE『Wants』について

GRAPEVINE『Wants』について。 私はこの曲を聴いて、直球のラブソングだ、という印象を強く抱いた。 実際に聴いてもらうと分かるだろうが、歌詞のなかには「好き」という言葉も、「愛してる」という台詞も存在していない。恋が成就したとか進行中だとか、別…

宇多田ヒカル『荒野の狼』について

宇多田ヒカル『荒野の狼』について。 この曲は彼女の孤独とリスナーの孤独が音楽という架け橋で結ばれていることを痛感する作品だ。 歌詞の進行としては彼女の独白だが、「歌」となった時点でリスナーも発生する故、"夢みられた対話"といったほうがふさわし…

GRAPEVINEの音楽の事

GRAPEVINEの音楽の魅力。 晴れやかでいて少し曇ってもいて、うつくしい雨を連想させる時もあるメロディー。 装飾をあまり纏わない引き算のシンプルさ故に想像力を掻き立てる歌詞。 なのに空想的では無く、リアルな感情が湧き上がる全体としての音楽の素晴ら…

さきがけ

青春の定義のような 社会の暗黙のような容認された秘密のような未来の追い付けない季節の中で邪な純情を縒り合わせるように曖昧な手続きをして君の唇を知った その日の街は裏腹で疑いようもないほど夏なのに雨の予感を孕んでた 交わす眼差しは眠りから覚め少…

夏の雨に濡れて

いっしょに行こう、と手を取って 夏に塗れたあなた 無邪気に笑う横顔が 射す日差しより眩しくて 愛しい気持ちが溢れだす 街は季節を吸い込んで 人家の軒の風鈴が 公園の子供等の半袖が 八百屋の店先の果物が 絵葉書みたいに特別で十年先の晩ごはんのとき 泣…

宇多田ヒカル『Passion』について

宇多田ヒカル『Passion』について。 私はこの曲に、海と死の予感を抱く。 『Passion』のイントロを聴くと、はっきりと海が、海に沈んでいくひとりの人間の姿が脳裡に浮かぶのだ。 死が光を失った世界から訪れつつあることが、刹那に了解されるその瞬間が。 …

自己紹介

はじめまして。 初投稿なので自己紹介をしたいと思います。 言葉の芸術作品が好きで、世界の眺めが変わるような文章に惹かれます。 好きな著者はウィトゲンシュタインです。 また、音楽は絶えず聴いており、切実なもがきを感じる作品には感動を覚えます。 好…